日本は借金大国ってマスコミは言うじゃない

プラザ合意以降、日本は資金をドル購入に突っ込んでドルのマネーサプライを増やし、ドルの総量を増やすことで、結果的にレートが円高ドル安になるようにやってきている。

レートはドルが安いとなっているが、通貨のパワーとしては、ドルが膨れ上がっているということになる。為替レートが高いとか低いとかでは、ある通貨が強いのか弱いのかなんてまったく分らない。極少量しか流通していない通貨が、単位量あたりの価値が高かったとしても、別にその通貨が強いということではない。高い少量の円よりも、安くて大量にあるドルの方が強いというのがマネーのパワーだ。

レートがボルトだとするなら、マネーの総量はアンペアか。ライターを着火する圧電素子は、瞬間的に万に達するボルトを発生させるが、電流量はごく少ないので、その電気で人が感電死することはない。が、車のバッテリーの12~24V程度の電圧でも、電流量が大きければ感電死する。

マネーとは額面ではなく、パワーとして捉えなければ実態が分らないが、いまパワーがどれくらいなのっていうのは、どこかにそのまんま書いてあるわけではない。為替レート、国債発行高、金利、GDP、財政、預金量、株価の総額、色々掛け合わせてやっと朧気に見えてくる。

金利は通貨量を調整する蛇口の開放度のようなものだが、アメリカの中央銀行が金利を上げてドルの蛇口を絞っていたとしても、日本がどんどん金を突っ込んで米国債を購入してドルを買っていたとしたら、蛇口がきついにも関わらず、ドルはどんどん増える。だから、アメリカの中央銀行の金利上げが、イコールドル高とか、ドルの総量減少になるわけではない。

ある国の国債が発行されるということは、その国の通貨を発行しましたというのとほぼイコールになる。日本国政府が円を発行することは、日本政府が価値を保証する銀行券としての円を発行するということ。それは、日本国政府が価値を保証する、額面が円になっている日本国債を発行するのと、実質的には同じこと。

日本政府は円という銀行券に対して責任を持つので、ある意味円を受け取った人は、日本政府に対して信用貸ししましたよということになる。ゆえに物品やサービスや労働の対価として円を受け取るということは、円を持っている人に対して、日本政府が借金していますという意味にも取れる。

日本国債を買う(受け取る)のも、日本政府が借金していますということなので、円を持つということと、日本国債を持つということは、手続きの方法は違えども実質的な意味は同じだ。

と言っても日本政府は、日本国債を持っている人に対して、円は通貨として価値があることを保証しますよと言っているだけであって、1万円の日本銀行券を持っている人に対して、1万円分の価値があるGOLDを借金の担保として引き当てて金庫の中に持っているわけではない。
1万円の銀行券に対して、価値の保障として1万円分のGOLDを引き当てておかなくてはならなかったのは、19世紀までの、まだ通貨の価値が不安定で、不換紙幣が実現できていなかった頃の話だ。

よくテレビや新聞で、日本国債の発行高がウン百兆円あるから、日本国民一人あたりの借金はウン千万円とかいうのが出るが、別に日本国民は、日本国債を持っている人に対して借金しているわけではない。日本国債の発行高が100兆円分あるということは、円の通貨の規模は少なくとも100兆円分あるという意味だ。
日本政府は、円(日本国債)を持っている人に対し、その円はちゃんと価値がありますよということを保証はするが、日本政府が借金してて、国債の額面に見合うだけのGOLDを返さないといけませんというわけではない。

が、日本が財政破綻して円の価値を保障できなくなると、円は紙くずになり、円を持っている人はその円を使えなくなるので、実質貸し倒れになったのと同じことになる。

分り難い話だが、国債(円)を発行した日本政府は、円が通貨として成立するように価値を保証する義務はあるが、必ずしもお金その他のバリューを返さないといけないということではない。だから、国債発行高が何百兆円になっているからといって、日本は借金大国だと悲観する必要はない。

メディアの言っていることそのままのイメージだと、日本は国債発行高が多い借金大国だから、日本国民は身を粉にしてあくせく借金を返さなければならないような感じだが、国債を発行するというのはそういう意味ではない。でも赤字国債だったらまた意味が違うのだろうか?